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「西遊記」に見られる山水地形

山を越える三蔵たち、陈惠冠・作

旅行中に三蔵たちは、何度も山や川を渡る必要がある。

聖僧は努力して経編を取り西宇を周流すること十四年程途に苦を嘗め患難に遭い山水を多く経てゆきなやみを受く。 --『西遊記』、第100章
夜は泊まり朝に立ちして半月あまり、またも行く手に
高い山が現れました。その高さ、天に接して日をさえぎらんばかり。三藏「ほら、またもや険しい山だ。妖怪に襲われるかもしれんからな」
--『西遊記』、第40章

山は、自己の内面の太陽またはプレゼンスの状態を妨げる空想の状態の象徴である。

山のような空想は、つまるところ数片のパンのかけらにすぎないということになる。-- ルーミー (13世紀、スーフィーのマスター、神秘詩人)


空想の状態にある、地下鉄の中の人々

泰山を動かすこと軽きは芥子の如く 凡夫は紅塵から脱却させ難し。 -- 『西遊記』、第99章
あなたは山を見てそれが変わらないものと考える。しかし雲が過ぎ
去ってゆくように、山もまたいずれ消えてなくなるのだ。
-- コーラン

空想の状態とは、自分と自分の周りに気が付いておらず、頭の中の思考または「複数の<私>」に耳を傾けている状態である。これは自発的に起こって、制御されていない心の活動である。時に人は、空想の状態に深くに入り込んでしまい、誰かが自分の名前を呼んでいるのも聞こえない。空想の状態は、プレゼンスの状態と反対である。「高次の自己」、つまり太陽、がその場にいない。


「運命の輪」というタロットカード

川や水も空想の状態を象徴している。

いつの日か、親愛なるハーフェズよ、太陽の下の水の停滞するプールのように、あなたの脳のすべてのナンセンスは、乾燥するでしょう。
-- ハーフェズの先生、モハメッド・アター

プレゼンスを象徴する太陽は、空想を取り除く。「運命の輪」というタロットカードの回転する輪は<複数の私>の変化を象徴している。基盤となることができない水の上の輪は<複数の私>が本当ではないということを象徴している。

前方に真っ黒い水が流れるひと筋の大河がみえました。三蔵は喜んで、「弟子たちや、舟が来たよ。あれで渡してもらおうじゃあないか」。船頭は棹をぐいと突いて舟を出し、流れに逆らいまっすぐ進みます。やっと半ばに達した頃でした、突然、どえらい音響とともに波が逆だち流れ狂い、空も太陽も真っ暗です。そのすさまじい狂風ときたら!この風は、じつはその船頭がおこしたものなのです。船頭は、なんと、ここ黒水河に住む化けものなのでした。見るまに三蔵と猪八戒は、舟もろとも水中に没し、影もかたちもありません。どこにさらわれたものやら。-- 『西遊記』、第43章

「低次の自己」を象徴する船頭が「現在に存在したい」願望を取り除くために、空想を象徴する恐ろしい嵐を使用している。川を渡るということが、睡眠の状態からプレゼンスの状態へ行くことを象徴している。

法 (ダルマ) は言葉と文字を集めたものにすぎず、彼岸に達したときには放棄しなければならない。

-- ガンポパ(チベット仏教、12世紀のカギュ派の開祖)
これは最も高次の道をゆく旅である。それは彼岸へと導く道、「彼方への道」である。 -- 仏陀

三蔵法師と彼の弟子たちのそれぞれの新しい冒険が、渡る必要がある山や川をに到達することから始まる。「プレゼンスの状態」を象徴する霊山に到達しようとする旅は空想を取り除く努力によって始まる。心にぐるぐる回る思考に耳を傾ける代わりに、人は単に自分を取り巻く環境の中で自分に気づいて、その思考に注意を払わないことによって、それらをやり過ごすことができる。 これは非常に単純だが、人間が行うことができる最も難しいことであり、睡眠の刑務所を脱出するためには、多くの練習、強い意志、そして最も重要なものとして、外部からの助けが必要である。